プロダクトに対する愛着とか愛情ってなんなのか

プロダクトに対して愛という言葉が使われるのをちょくちょく目にする。そこでいう愛とか愛着(一緒なものとして考える)

愛着とは

慣れ親しんだ物事に深く心を引かれ、離れがたく感じる事を言う https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%84%9B%E7%9D%80

らしい

プロダクトにおける愛着

慣れ親しんだらそれで要件を満たすのだろうか。ただただ長い間、そのプロダクトについてあれこれやってたら愛着を持つのだろうか。 時間は1つの重要な条件ではあるだろうけど、それだけで愛着を持つようには思えない。長いことやってるけど全然進化しないとか、全然稼げないとか、そういうのに愛着を持つんだろうか。さすがにそんなプロダクトに人生の大切な時間を捧げてしまうのはしんどい。その状態は愛着があるとは呼べないだろう。 そう考えると、自分の時間や労力を費やした結果それに応えてくれるという信頼関係をプロダクトと自分の間に築けたら、それは愛着と呼ぶのかもしれない。 応えるというのはなんだろうか。お金だろうか。お金を稼げるプロダクトにしか愛着は持てないのだろうか。それもちょっと違う気がする。お金を稼がなければしょうがないか、それが多ければいいという話ではないだろう。お金は多少稼いでないといけないが、それよりもそれによって楽しいことがあるとか、いろんな経験や学びを得られるとか。そういうものを自分の時間と労力を費やした分、そういうリターンがあるが故に信頼関係を築くことができるんじゃないか。

愛着をもてるようなプロダクトがあるからこそ従業員はそのプロダクトのために仕事ができるんだろうし、そういう信頼関係を築くための環境を作れなければ誰もプロダクトに時間を費やしたいとは思わなくなってしまうのかも。