言語化で不安の種が消える健康法
何か頭の中にあるモヤモヤを書き出すと、それだけで楽になる。人によるのかもしれないが、自分はモヤモヤを言語化できないままでいると、そのモヤモヤが頭の中のメモリをいくらか消費し続けている感じがある。何か考えているとふとそのモヤモヤが現れて、あぁそのことも考えなきゃいけないんだよな…と思ったりする。そのとき考えていたこととは全く別のことだったりするので、それが現れるだけdそれまで考えていたことに戻るのが若干面倒になるし、コンテキストスイッチ的な感じでエネルギーを消費させられたり思い出すのに時間がかかったりする。
一度そのモヤモヤについて腰を落ち着けて考えてみて結論とか出たりすると、頭に出てくる頻度は少なくなる。考えてない、つまり不確実性や不安を孕んでいるかもしれない事柄が頭のあることによって、一種の不安の種として無意識にマークされていたのかもしれない。そしてちょいちょい不安の種をどうにかしろと無意識が意識の中に引きずり出していたのかもしれない。
ただ、考えただけではあくまで意識にあがる頻度が少なくなるだけであって、まだ頭の中に残っていたりする。ツイッターに書き出すとかこうやって外部記憶に書き出すとさらに頭に思い浮かぶ頻度は少なくなる。書き出すと更に思い浮かぶ頻度が少なくなるのはなぜだろうか。頭の中でざっと考えたものなんて心の奥底ではそこまで不確実性が低くなってないと思っていて、言語化することによってこそ本当に不確実性や不安が払拭されたり明確になると無意識的に理解しているからなのかもしれない。