メンバーを信頼できなくなったら

仕事や日常において、「このひと、この責務を果たせるかな…」と感じてしまうことはあると思う。あらゆる仕事や日常にそれがあるなら、当然マネジメントでもそれはある。マネジメントしながらそういう思いを抱いてしまうのは正直かなりつらい。昨今のマネジメント理論は恐怖やインセンティブからメンバーを動かすのではなく、メンバーを信頼し如何に彼らがモチベーション高く働ける場を作るかという点が重視される。そのような理論を参考にしながら動くのであれば、信頼できないというのはマネジメント活動の核となる部分がないと同義だ。マネジメントをしたくてもできない。それよりなにより、できなそうと思いながらも「できるよ」なんて声を掛けるのが無理がある。ダブルスタンダードな状態で仕事を進めるのは精神的に厳しいものがある。

そもそも信頼できなくなるのはなぜなのか。ものすごい大雑把に抽象化をすれば、ある分野において、マネージャーや他の人からみたときにその人の成果が上がってないことが続いているからだ。仕事のある部分のクオリティがマネージャーからみて伸びしろがあるとか、どうしても期限を守れないとか、タスク管理が甘いとか…

しかし、当然ながら完全に無能なメンバーなどいない。みんな優秀であり、仕事をサボっているなんてことはなく、その人なりのベストは尽くしている。それでも成果があがらない、でないときはある。そこから信頼できなくなることもありうる。どうしたらいいのか。

ある分野において成果がでていないのは、ボタンの掛け違いだと認識するのだ。みんな確実に優秀な成果を出せる分野はあるはずだ。その範囲が広いか狭いかは関係ない。絶対になにかしらうまくできるものはある。そして、成果があがっていないのは、その優秀な分野で行使できていることが、なんらかの理由で他分野では行使できていないと考えるのだ。それがボタンの掛け違い。その人の人格や能力、地力のせいではなく、掛け違いなのだ。ある分野でうまくやるための前提知識がかけていた(まぁそれも多寡はあるんだが)とか、経験が足りないだけとか、その人自体が信頼できない人なのでは全くなく、ただ、何かが掛け違えていただけだととらえるのだ。